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浦和地方裁判所 昭和36年(ワ)134号 判決 1963年4月25日

原告 染谷喜蔵 外一名

被告 森田建材株式会社こと森田宗明

主文

一、被告は原告両名に対し、それぞれ金九〇万円およびこれに対する昭和三六年五月二八日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は、原告両名がそれぞれ金一〇万円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

原告ら訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、本案前の申立として「原告の請求の趣旨の拡張申立は却下する。」との裁判を、本案について「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求原因

原告ら訴訟代理人は、請求原因として次のとおり述べた。

一、被告は、森田建材株式会社(未登記)または森田建材店と称し、貨物自動車をもつて砂利運搬販売などの業務をなしているものである。

二、(事故の発生)

被告が使用している訴外千葉征夫運転手は、被告所有の貨物自動車(ダンプカー六〇年式いすず、栃一す三八五八号、以下被告自動車という)を運転し、茨城県の被告の店より東京まで被告の建築資材を運搬し、昭和三六年三月八日午前三時頃空車のまま東京をたつて帰途につき、被告の業務のため同日午前五時一五分頃埼玉県北葛飾郡幸手町大字幸手四号国道を東京方面から古河方面に向つて進行していた。ちようどその頃、原告らの長男である訴外亡染谷喜光(昭和二一年八月三一日生)が牛乳配達のため自転車に乗つて、反対方向から東京方面に向つて右国道の(自転車の進行方向から見て)左側を進行していた。ところが、被告自動車が突然その進行方向から見て道路の中央線を乗り越えて道路右側方面に進行してきて、前記のごとく通行中の亡染谷喜光に被告自動車の右側前部を検証見取図(2)A点において衝突させ、同人を道路の東側墓地まではね飛ばし、その結果同人は頭部外傷、右鎖骨骨折、右脛骨骨折および左上膊骨骨折などの負傷をし、近くの幸手病院に搬入せられたが、同日午後七時二〇分頭蓋内出血により死亡するにいたつた。

三、(過失)

本件事故は全く予想もされないような事故で、これは右千葉征夫運転手の次のごとき重大な過失に起因するものである。すなわち、同運転手は前記事故現場にさしかかつた際、仮眠状態でウツラウツラしながら時速八〇粁位で疾走した過失により、運転をあやまり中央線を乗りこえ道路右側に入り、さらに道路外の墓地方面に突入しそうになつたので、あわててブレーキペタルを踏むべきのをあやまりアクセル(増速)ペタルを踏んだため、なおさら暴走し、その際反対方向から左側(千葉運転手の進行方向右側)を自転車で進行中の前記染谷喜光を跳ね飛ばし、被告自動車は道路外につつこみ、墓地、田圃、川の提防を乗りこえて川に転落したものである。

四、(被告の責任)

本件事故は、被告の使用している訴外千葉征夫が被告の事業の執行のために、被告所有の自動車を運行中に惹起させたものである。

よつて被告は、後記物的損害については使用者として、後記生命侵害による損害については自己のために自動車を運行の用に供する者として、本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

五、(損害)

本件事故によつて生じた損害は次のとおりである。

(1)  得べかりし利益の喪失

訴外亡染谷喜光は、原告らの長男で、当時幸手町中学二年生に在学し、他に長女がいる以外兄弟がないため、近く家業であるブリキ職を継ぐつもりであつた。日本人平均余命表によれば満一四才の男子の平均余命は五一年である。ブリキ職の収入は、徒弟として一五才から一七才まで一日金一五〇円、一ヶ月(二五日分、以下同じ)金三、七五〇円(徒弟の場合は生活費一切支給)、一八才から二〇才までは見習職として一日金六〇〇円、一ヶ月金一五、〇〇〇円、二一才から三〇才までは普通職人として一日金八〇〇円、一ヶ月金二〇、〇〇〇円、三一才から労働可能の六五才まで一日金一、四八〇円、一ヶ月金三七、〇〇〇円が普通である。

しかして右染谷喜光は事故当時満一四才であつたから、一年後には右徒弟となり、一七才までの三年間に合計金一三二、〇〇〇円の収入を得る筈であり、一八才から以後は最低にみつもつても一日六〇〇円で、そのうち生活費を三割と計算すれば、一日四二〇円で一ヶ月(二五日分)金一〇、五〇〇円が実収入であり、これを平均余命の五一年より前記三年間を差引いた四八年間として計算すれば金六、〇四八、〇〇〇円でこれをホフマン式計算法によつて現在額を算定すれば金一、七七八、一一二円となる。

(2)  訴外亡染谷喜光の入院費用金七、一二五円。

(3)  訴外亡染谷喜光の葬儀費用金五一、〇八〇円。

右(2)および(3)は原告らが支出した。

(4)  物的損害

本件事故により、訴外亡染谷喜光所有の自転車一台および着衣(作業服、学生服、セーター、ズボン下、パンツ、ランニング、ズボン、皮手袋、防寒帽、靴、靴下各一着)が破損し、使用不能となりその時価相当額合計金二一、五〇〇円。

(5)  慰藉料

原告らは訴外亡染谷喜光の両親であるが、右喜光は学業の成績上位にあり、きわめて親に対する孝心深く、自立の精神に富んだ少年であり、原告らとしては、長男喜光の成長を老後の唯一の楽しみとしてきたが、本件事故によりその一人息子を失い、全く生きてゆく希望を失う程の精神的打撃をうけた。しかるに被告は喜光の通夜や葬式の時にも来ず、事故後五日目に初めて原告方を訪れたのみで、その後も本件事故について解決の誠意と陳謝の気持を全然示さない。

原告らの蒙つたこれらの精神的苦痛に対する慰藉料としては、少くとも原告らそれぞれ金三〇〇、〇〇〇円を相当と考える。

六、原告らは訴外亡染谷喜光の両親として右喜光が取得した右五項(1)および(4)記載の損害賠償請求権を共同して相続したものであるから、それぞれ相続分に応じて、その二分の一ずつの債権を取得した。

七、しかして、原告らは右五項記載の損害のうち(1)の得べかりし利益の喪失による損害金一、七七八、一一二円のうち金一、五六三、七五〇円を、(2)ないし(4)の損害合計金七九、七〇五円についてはその全額を、(5)の慰藉料については各内金二〇〇、〇〇〇円ずつを、それぞれ請求するが、原告両名は本件事故について自動車損害賠償保障法による保険金として金二四三、四五五円の支払をうけたので、右原告両名の請求金額合計金二、〇四三、四五五円より右保険金を差引いた金一、八〇〇、〇〇〇円を二等分した各金九〇〇、〇〇〇円ずつを請求する。

よつて原告らは被告に対しそれぞれ右金九〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三六年五月二八日から、支払ずみにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、本案前の主張

被告訴訟代理人は、本案前の主張として、原告の請求の趣旨の拡張申立には異議がある。すなわち、原告は当初請求の趣旨として「被告は原告両名に対し、それぞれ金四〇万円およびこれに対する昭和三六年五月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求めたが、これを昭和三七年八月二九日付準備書面により「被告は原告両名に対し、それぞれ金九〇万円およびこれに対する昭和三六年五月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。」と請求の趣旨を拡張した。右拡張の申立は著しく訴訟手続を遅滞させるものであつて許さるべきでない。

第四、請求原因に対する答弁

被告訴訟代理人は、請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。請求原因一項は認める。同二項のうち、原告ら主張の日時場所で被告の使用している訴外千葉征夫が被告自動車を原告ら主張の用務で運転していたこと、同自動車と訴外亡染谷喜光が衝突したこと、同人が負傷し、次いで死亡したことは認める。同人の負傷の内容は不知。その余の事実は否認する。同三項のうち被告自動車が川に転落したことは認めるが、その余の事実は否認する。同四項のうち前記二項で認める本件事故が被告の事業の執行中および被告自動車の運行中に惹起した点は認めるがそれ以外は否認する。同五項のうち、身分および職業関係の点は認めるが、その余の事実はすべて不知。同六項のうち、身分関係の点は認めるが、その余の事実は否認する。同七項のうち、自動車損害賠償保障法による保険金受領の点は認めるが、その余は争う。

第五、抗弁

被告訴訟代理人は、抗弁として次のとおり述べた。

一、(被害者の過失等―生命侵害による損害賠償請求に対し)

訴外千葉征夫運転手は、本件事故直前被告自動車を運転して事故現場方面に進行中突然進行方向左側の事故現場附近の小路より無灯火の自転車に乗つた訴外亡染谷喜光が出てくるのを認めた。しかしながら同運転手は、同自転車は小路から国道に出るには必ず一旦停止して安全を見きわめてから進行すべきものであるから、その小路を出たところで停止するものと心得、そのまま運転を続けた。ところが被告自動車が事故現場附近にさしかかると右自転車は急に飛び出してきて、被告自動車の前方を横切ろうとしたので、同運転手は驚いて右にハンドルを切つたところ、各喜光も同自動車に気付き同自転車の進行方向左斜方面に方向をかえて横切ろうとしたが及ばず、小路と国道の交叉点より二ないし三米古河方面寄りの地点(検証見取図(2)イ点)で、被告自動車と衝突したものである。同運転手はその際右衝突を避けようとして、ブレーキを掛け、ハンドルを強く右に切つたため、同自動車は道路外に飛出し、その反動で同運転手は頭部を強打したため、その後はブレーキの操作困難に陥つて暴走し、川底に墜落し、自らも重傷を負つたものである。

右のごとく、本件事故は全く訴外染谷喜光の重大な過失によつて生じたものであり、右千葉征夫運転手にとつてはは不可抗力であつたのであり、同人には何ら過失はなかつた。

また被告においても、本件事故について被告自動車の運行につき過失はなく、被告自動車には構造上の欠陥、機能の障害はなかつた。

二、仮に被告に損害賠償義務ありとすれば、抗弁一項記載のごとく、被告者である訴外亡染谷喜光にも本件事故発生につき過失があつたのであるから損害額の算定につき斟酌せられるべきである。また本件事故により被告自動車は損壊し、被用者である訴外千葉運転手は負傷して治療費五万円その他精神的苦痛を蒙つて、被告側にも損害が大きいからこの点は特に斟酌せらるべきである。

第六、抗弁に対する答弁

原告ら訴訟代理人は抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。抗弁一項のうち、訴外千葉征夫が被告自動車を運転進行中、訴外亡染谷喜光と衝突したこと、衝突後同自動車が国道を逸して暴走し川の中に墜落したこと、右千葉征夫も負傷したことは認めるが、その余の事実は否認する。

右染谷喜光は、被告主張の小路から出たものではなく、被告自動車の反対方向から国道上を自転車の進行方向左側にそつて通行中であつた。また衝突地点は、被告主張の場所ではなく、主張の交叉点より約一〇米ほど古河方面に寄つた地点である。同二項の過失相殺の点は否認する。

第七、証拠(省略)

理由

一、原告が昭和三七年八月二九日付準備書面により、請求の趣旨を拡張したことは記録上明らかであるが、右の請求の趣旨の拡張は同一の請求原因に基づく請求権の一部請求に残部の請求を追加したに過ぎないものであり、請求原因には何ら変更がないのであるから、これがため著しく訴訟手続を遅滞させるものとは認められないので、これに対する被告の本案前の主張は理由がない。

二、被告が砂利運搬販売などを業とする者であること、被告が使用している訴外千葉征夫が昭和三六年三月八日午前五時一五分頃、被告所有の貨物自動車を被告の業務のため埼玉県北葛飾郡幸手町大字幸手四号国道を、東京方面から古河方面に向つて運転進行中、牛乳配達のため自転車に乗つて同所を進行中の原告らの長男である訴外亡染谷喜光と被告自動車が衝突し、その結果右喜光が負傷し、同日午後七時二〇分頭蓋内出血により死亡したことは、当事者間に争いがない。

三、そこで本件事故発生の原因(過失の有無)について判断する。

(一)  成立に争いのない甲第二および第一一号証、証人内田重盛の証言により成立を認める甲第一〇号証の一ないし一七、証人野口重吉、同内田重盛、同斉木忠治、同藤原隆、同千葉征夫(後記信用しない部分を除く)の各証言ならびに検証の結果を綜合すると、次の各事実が認められる。

訴外千葉征夫は、昭和三六年三月七日午後九時三〇分頃栃木県で被告自動車に砂を積み、これを運転して翌八日午前一時二〇分頃東京都芝浦に着き荷をおろし、同日午前二時過ぎ頃芝浦を出発して被告自動車を運転して帰途についた。途中同日午前五時一五分頃埼玉県北葛飾郡幸手町大字幸手六一七四番地先四号国道上を時速七五粁位で運転進行していたが、訴外千葉征夫は制限速度(時速五〇粁)をかなり超えて走つていたうえに睡眠不足のため意識が緩慢になつていたことも加わつて、ハンドル操作を誤まり、道路の中央線を越えて進行方向右側に斜走し、折から牛乳配達のため四〇本位の牛乳ビン(五貫目位)を入れたビニール製袋をハンドルに掛けて自転車に乗つて反対方向から自転車の進行方向左側国道上を進行してきた訴外亡染谷喜光に、同所附近交叉点から一〇米位古河方面寄りで国道東側端から〇・九米位の地点(検証見取図(2)A点)において、被告自動車前部を激突せしめ、右喜光を同地点から東北方一四・三米位先に跳ね飛ばし、よつて右喜光に対し頭部外傷、右鎖骨骨折、右脛骨骨折および左上膊骨骨折などの傷害を負わせ、同日午後七時二〇分頭蓋内出血により死亡するにいたらしめた。右認定に反する、証人千葉征夫および同後藤敏夫の各証言、特に「自転車に乗つた訴外亡染谷喜光が事故現場附近の西側に通ずる巾二米位の農道を国道に向つて進行してくるのを、訴外千葉征夫が三九米位北方の国道上で認めたが、右喜光が国道に一時停止することなく出てきたため、右千葉がハンドルを右に切つたが及ばず衝突した」旨の供述は、次に述べる証拠および事実に照らし信用できない。

(1)  かりに訴外千葉征夫が前記農道を進行中の訴外染谷喜光を認めたとすると、証人千葉征夫の証言と検証の結果によれば、右千葉が右喜光を認めた地点から前記交叉点までの距離は納三〇米であり、右喜光のいた地点(生垣の端)から同交叉点までの距離は納一二米であるから、同交叉点において、時速七五粁位で進行していた被告自動車(時速の点は証人千葉征夫の証言のほか、被告自動車が衝突後四五米以上も暴走している事実からも、かなりの速度であつたことがうかがわれる)と前記五貫目位の牛乳ビンの入つたビニール製袋をハンドルに掛けて進行していた自転車が出会うということは、同自転車の速度上通常考えられない。

(2)  なお、かりに前記農道から右喜光が出て来たとすれば、速度上到底前記認定の検証見取図(2)A点での衝突は考えられないし、被告主張の衝突地点である右認定のA地点よりも道路中央寄りで右交叉点に近い地点(検証見取図(2)イ点)は、証人藤原隆の証言および検証の結果に照しこれを認める合理的な根拠はない。

(3)  証人野口重吉の証言、原告染谷マサ本人尋問の結果、甲第一一号証および検証の結果によれば、訴外染谷喜光の牛乳配達区域は幸手町吉野部落方面であり、同部落方面へは事故現場附近の交叉点を国道を横断して東方に通ずる小路を通つては行くことができず、同交叉点から東京方面に六八・六米位寄りの地点で国道と交叉する道を通らねばならないこと、また右地点には野口牛乳点から国道を通らないでも行けることが認められる。そうすると右喜光が配達区域に通じない交叉点に一旦出て右折し国道を六八・六米位進行しさらに吉野部落に通ずる路に左折して進行するという経路を選ぶということは、いかにも不自然に思われること。

(二)  結局前記認定のとおり、訴外染谷喜光は四号国道東側端を自己の自転車進行方向左側を進行していたものであり、訴外千葉征夫は睡眠不足のため意識が緩慢になつており正常な運転ができない虞れがあつたのにかかわらず、慢然制限速度を超過して疾走した過失によりハンドル操作を誤まり、本件事故を惹起せしめたものといわなければならない。

(三)  よつて本件事故は被告自動車の運転手たる訴外千葉征夫の自動車運転上の過失に基づくものであるから本件生命侵害による損害賠償請求に対して被告が主張する抗弁(自動車損害賠償保障法第三条但書)は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四、訴外千葉征夫が被告の被用者であり、本件事故が被告の事業の執行のため被告自動車を運行中に発生したものであることは、当事者間に争いがない。したがつて被告は、本件事故によつて生じた物的損害については使用者として、生命侵害による損害については自己のために自動車を運行の用に供する者として、その損害を賠償する義務がある。

五、そこで本件事故により発生した損害額について判断する。

(一)  得べかりし利益の喪失額

原告染谷喜蔵本人尋問の結果により成立を認める甲第四号証の一および第一二号証、成立の争いのない甲第四号証の二および第五号証ならびに原告両名各本人尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。

訴外染谷喜光は、原告両名の一人息子であり、事故当時一四歳(昭和二一年八月三一日生)で幸手中学校二年生に在学しており、体格もよく健康体であつた。原告染谷喜蔵は、ブリキ職を常傭あるいは請負で営んでいたが、右喜光は手先が器用であり小学校四年生頃から時折父喜蔵の仕事をしている傍でハンダづけなどの手伝をなすようになり一人息子であつたことからも父喜蔵のブリキ職を継ぐ態度がうかがわれた。ブリキ職の収入は通常事故当時において一五歳から一七歳までは見習として少くとも一日一五〇円、一八歳から二〇歳までは見習職として少くとも一日六〇〇円、現在では二一歳から六五歳までは職人として少くとも、二一歳から三〇歳まで一日八〇〇円、三一歳から六五歳まで一日一、二〇〇円であり、ブリキ職は一ヶ月通常二五日間働き、六五歳まで作業が可能である。なお一四歳の男子の平均余命は第九回生命表によれば五一年である。以上認定に反する証拠はない。そこで右認定の事実から推論すると右喜光は本件事故で死亡しなければ、事故後約一年で中学を卒業して直ちにブリキ職に就くことが可能であり、しかるときは、一五歳から六五歳までブリキ職の見習、見習職あるいは職人として少くとも右割合による収入を得られた筈であり、本件事故で死亡したことによりその得べかりし利益を喪失したわけであるが、これら喪失利益の算定にあたつてはその収益を益るに必要な自己の生活費を控除すべきであり、その生活費は右平均賃金額などから、その収入の五分の二程度と認めるのが相当であるから、これを控除して算出すると、

(イ)  一五歳(昭和三七年三月中学卒業後、同年四月より)から一七歳(昭和三九年八月)まで二九ヶ月分

一五〇円×二五(日)×二九(月)×3/5=六五、二五〇円

(ロ)  一八歳から二〇歳まで三六ヶ月分

六〇〇円×二五(日)×三六(月)×3/5=三二四、〇〇〇円

(ハ)  三一歳から三〇歳まで一二〇ヶ月分

八〇〇円×二五(日)×一二〇(月)×3/5=一、四四〇、〇〇〇円

(ニ)  三一歳から六五歳まで四二〇ヶ月

一二〇〇円×二五(日)×四二〇(月)×3/5=七、五六〇、〇〇〇円

が各段階における総収入であるが、右おのおのからホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、(イ)金五六、七三九円(円以下四捨五入以下同じ)、(ロ)金二四九、二三一円、(ハ)金八〇〇、〇〇〇円、(ニ)金二、一二九、五七七円となり、以上合計金三、三三五、五四七円となることは計算上明らかであるが原告らは得べかりし利益の喪失による損害額を金一、七七八、一一二円であると主張するから当裁判所の認定額もその範囲に止める。そうだとすると、亡喜光は被告に対し金一、七七八、一一二円の損害賠償請求権を取得したわけである。

しかして原告両名は亡喜光の死亡により直系尊属として右請求権を相続し、それぞれ相続分に応じてその二分の一である八八九、〇五六円ずつの債権を取得したものといわなければならない。

(二)  亡喜光の入院費用

成立に争いのない甲第二号証および原告染谷喜蔵本人尋問の結果によれば、亡喜光の本件事故により原告らは喜光の治療のため入院費として幸手病院に対して少くとも金七、〇〇〇円を支払つたことが認められる。

(三)  亡喜光の葬儀費用

証人内田重盛の証言により成立を認める甲第六号証の一ないし九および証人内田重盛の証言ならびに原告染谷喜蔵本人尋問の結果によれば原告らは亡喜光の葬儀費用として総計金五一、〇八〇円を支出したことが認められる。

(四)  原告染谷マサ本人尋問の結果により成立を認める甲第七号証および原告染谷マサ本人尋問の結果によれば、本件事故により亡喜光所有の自転車が損壊し、使用不能となつたこと、右自転車は新車買入後一年未満でその時価は金一二、〇〇〇円相当と見積ることができるから亡喜光は同自転車の時価金一二、〇〇〇円相当の損害をうけたことが認められる。しかして、右損害賠償請求権も(一)項と同様その二分の一金六、〇〇〇円ずつを原告両名が相続により取得したものといわねばならない。なお原告らは、亡喜光所有の作業服他七点の損害を請求し、甲第七号証にはそれらの破損による損害額が合計九、五〇〇円である旨の記載があるが、原告染谷喜蔵本人尋問の結果によればこれらは亡喜光の遺体とともに納棺されたことは認められるが、破損の程度を明確にする証拠がないのでこの損害は認められない。

(五)  慰藉料

亡喜光が原告両名の長男で中学二年に在学中の一人息子であつたことは前記認定のとおりであり、成立に争いのない甲第五号証および原告両名各本人尋問の結果ならびに被告本人尋問の結果によれば、亡喜光は学業成績も上位で真面目な少年であり、原告両名はその将来を老後の楽みとしていたこと、原告喜蔵は現在六〇歳でブリキ職を営んでおり日収金一、二〇〇円ないし三、〇〇〇円程度の収入を得ていること、他方被告は貨物自動車一五台を有し、三〇人の運転手を雇つて砂利運搬業をなしているものであること、被告は亡喜光の死亡に対して事故後一週間後に原告方に見舞金五、〇〇〇円を持参した以外には葬儀にも参列せず、その他原告らに対し何らの誠意も示さないことなどが認められる。

右事実と前記認定のような本件事故発生のいきさつなど諸般の事情をあわせ考えると、原告両名が本件事故による亡喜光の死亡によつてうけた精神的苦痛は甚大であると認められ、右苦痛を慰藉するには原告両名各自について、それぞれ金三〇〇、〇〇〇円が相当と認められる。

(六)  被告は本件事故の発生につき亡喜光にも過失がある旨主張するが、前記認定のように右喜光は事故発生直前国道東側端を進行していたものであり、その他右喜光の過失を認むべき証拠はない。

また被告、は本件事故によつて被告自動車が損壊し、被用者である訴外千葉征夫が負傷をして被告側にも損害が生じたから、これらを本件損害額算定につき斟釣するべきであると主張するが右のとおり亡喜光に過失が認められない以上、右被告の主張は理由がない。

六、原告両名が本件事故について自動車損害賠償保障法による保険金として金二四三、四五五円の支払をうけたことは当事者間に争いがない。

右保険金は第一次的に入院費および葬儀費用を填補すべきものと解すべきだから右保険金から前記入院費金七、〇〇〇円および葬儀費用金五一、〇八〇円を差引いた金一八五、三七五円の各二分の一ずつ(金九二、六八八円)を原告らが平等に受領したものとみるべきである。

しかして原告らは被告に対する損害賠償額を、請求の原因七項記載のごとくその一部を請求しているが、結局総額として各自金九〇〇、〇〇〇円ずつの賠償を求めている趣旨と解されるので原告両名は、各自前記五項(一)の金八八九、〇五六円、(五)の金三〇〇、〇〇〇円の合計金一、一八九、〇五六円から前記保険金九二、六八八円を差引いた金一、〇九六、九六八円と(四)の金六、〇〇〇円を加えた金一、一〇二、九六八円の支払を被告に対して請求する権利があるから、その範囲内である被告に対し各自金九〇〇、〇〇〇円ずつの支払を求める原告らの請求はすべて理由がある。

よつて、原告両名がそれぞれ被告に対しそれぞれ金九〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本件事故発生の日の後であること明らかな昭和三六年五月二八日から支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条仮執行の宣言について同法第一九六条を適用し主文のごとく判決する。

(裁判官 吉村弘義 伊藤豊治 羽生雅則)

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